賃貸住宅入居者が知っておきたい原状回復基礎知識
賃借人の善管注意義務とは
賃借人は賃借物を善良な管理者としての注意を払って使用する義務を負っています(民法400条)。建物の賃借の場合には「建物の賃借人として社会通念上要求される程度の注意を払って建物を使用しなければなりません。」これを賃借人の善管注意義務といいます。
日頃の通常の清掃や退去時の清掃は賃借人の善管注意義務に含まれます。賃借人が故意にまたは不注意で賃借物に対して、通常の使用をした場合より大きな損耗、損傷等を生じさせた場合、
例えば、
➀通常の掃除を怠ったことによって特別の掃除をしなければ除去できないカビ等の汚損を生じさせた場合。
②飲み物をこぼしたままにする。
③結露を放置したことにより物件にシミ等を発生させた場合。
賃借人は善管注意義務違反によって損害を発生させたことになります。その場合、賃借人が原状回復義務を負い、その修繕費は賃借人が負担することになります。
また、物件や設備が壊れて修繕が必要となった場合、賃貸人は修繕する義務があります。このような場合、賃借人は賃貸人に通知しなければなりません。
④この通知を怠り物件に被害が生じた場合(例えば、水道からの水漏れを賃貸人に知らせなかったたため、階下の部屋まで水漏れが拡大した場合)、損害賠償を求められる場合があります。
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賃貸住宅退去時の原状回復とは
《裁判所の考え方》
「原状回復」とは①建物の通常損耗分をもとの状態に回復するのではなく、②賃借人の故意、過失等による劣化の回復を意味するとの判断を示してきました。賃貸借契約の対象となる建物の価値は、時間の経過とともに減少するものであり、賃借人が物件を定められた使用方法に従って、社会通念上通常に使用していれば、賃貸借契約終了時に当初の状態よりも建物の価値が減少していたとしても、そのまま賃貸人に返還すればよい、という考えかたに基づいています。
建物の通常損耗分は、賃貸人としては建物の減価が進行する過程で減価償却費や修繕費等の必要経費分を賃料に含めて支払いを受けて回収してきているので、原状回復の対象となるのは、「賃借人の故意・過失等による劣化分」ということです。
《ガイドラインの考え方》
ガイドラインでは裁判所の考え方を取り入れ、建物の損耗等、建物価値の減少を
➀-A
建物・設備の自然的な劣化・損耗等(経年変化)
➀-B
賃借人の通常の使用により生ずる損耗等(通常損耗)
②
(1)賃借人の故意・過失、善管注意義務違反
(2)その他通常の使用を超えるような使用による損耗等
に区分しています。
そして原状回復とは
「賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、②の(1)「賃借人の故意・過失、善管注意義務違反」、(2)「その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること」と定義しています。
すなわち
(1) ②の賃借人の故意・過失・善管注意義務違反、その他通常の使用方法を超えるような使用による損耗等については「賃借人が負担すべき費用」。
それに対して
(2) ①-Aの「建物・設備等の自然的な劣化・損耗等(経年変化)」及び、①-Bの「賃借人の通常の使用により生ずる損耗等(通常損耗)」については、「賃貸人が負担すべき費用」としています。
また、
(3) 次の入居者を募集するために行う設備の交換、化粧直しなどのリファーム(グレードアップ工事)は、➀-Aの(経年変化)及び、➀-B(通常損耗)の修繕であり、「賃貸人が負担すべき費用」であるとしています。
参考情報
「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」(再改訂版)
間連記事
原状回復費用の賃借人が負担する範囲と経過年数(入居年数)の考慮はどうするのか
賃借人に原状回復義務がある場合、どの範囲まで負担しなければいけないのでしょうか。また、借りている建物や設備は入居中「経年変化」や「通常損耗」により減価しています。これらはどのように考慮されるのでしょうか。
(1) 原状回復費用の賃借人が負担する範囲
畳
原則1枚単位。毀損部分が複数枚の場合は枚数分。
カ-ペット・クッションフロア
毀損等が複数箇所の場合は居室全体。
フローリング
原則㎡単位。毀損等が複数箇所の場合は居室全体。
壁(クロス)
㎡単位が望ましいが、賃借人が毀損した場所を含む一面分までは張り替え費用を賃借人負担としてもやむをえないとする。
タバコ等ヤニ、臭い
喫煙等により当該居室全体においてクロス等がヤニで変色したり臭いが付着した場合のみ、居室全体のクリーニング又は張り替え費用を賃借人負担とすることが妥当と考えられる。
襖・柱
1枚単位
設備機器
補修部分、交換相当費用
鍵
補修部分、紛失の場合は、シリンダー交換も含む
クリーニング
部位ごと、又は住戸全体
(2) 原状回復費用について経過年数(入居年数)はどう考慮するのか
賃借人の故意・過失によって建物が毀損して賃借人が修繕費を負担しなければならない場合であっても、建物に発生する経年変化・通常損耗分は、既に賃借人は賃料として支払っています。明け渡し時に賃借人がこのような分まで負担しなければならないとすると、賃借人は経年変化・通常損耗分を二重に支払うことになってしまいます。そこで賃借人の負担については、建物や設備等の経過年数を考慮し、経過年数が長いほど負担割合を減少させることとするのが適当です。
経過年数による減価割合については、本来は個別に判断すべきですが、ガイドラインは目安として法人税法等による減価償却資産の考え方を採用することとしています。すなわち、減価償却資産ごとに定められた耐用年数で残存価値が1円となる直線を描いて、経過年数により賃借人の負担を決定するのがガイドラインの考え方です。実務的には経過年数ではなく、入居年数で代替します。
このように入居期間中の損耗分(経年変化、通常損耗)は賃貸人が負担します。
ただし、毀損部分により
① 部分補修がされても価値が高まったと評価できないもの
② 消耗品としての性格が強いもの
は「経過年数を考慮せず」= 修繕費を全額賃借人が負担する場所もあります。
(3) まとめ
➀ 賃借人に原状回復義務がある場合、賃借人が負担しなければいけない範囲は毀損場所ごとに決まっています。
② 毀損場所により経過年数(入居年数)を考慮して賃借人の修繕費の負担割合を計算する場所と、経過年数(入居年数)を考慮せず修繕費を全額賃借人が負担する場所があります。
③ フローリング全体を貼り替える場合、建物の構造によって、同じようにフローリングを貼り替えても当該建物の耐用年数が適用され、適用される耐用年数が変わってきます。
⑤「原状回復に関する賃借人に不利な内容の特約」も要件を満たしていれば、定めることは可能です。
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「原状回復費用の賃借人が負担する範囲と経過年数(入居年数)の考慮はどうするの?」
原状回復費用の賃借人が負担する際、「経過年数を考慮しない」とはどういうことか
ガイドラインでは賃借人に原状回復義務がある場合、借主の負担については、建物、設備等の経過年数を考慮し、年数が長いほど負担割合を減少させる考えをとっています。しかし、場所、内容により「経過年数を考慮しない」場合もあります。「経過年数を考慮しない」意味と場所、理由について解説します。
(1) 「経過年数を考慮しない」とは
ガイドラインでは賃貸物件の原状回復において「通常損耗等は貸主負担」という考えをとっています。経過年数が短いほど通常損耗分の割合は小さくなり、経過年数が長いほど通常損耗分の割合は大きくなります。したがって、原状回復について借主負担を求める場合、「経過年数を考慮して」借主負担分を計算します。
一方で、次の場所については「経過年数を考慮しない」= 修繕費全額を借主が負担する考え方をとっています。
(2)「経過年数を考慮しない」場所と理由
① 部分補修がされても価値が高まったと評価できないもの
(場所)
・フローリング
・柱
・鍵(紛失した場合)
・クリーニング(通常の清掃をしていない場合)
(理由)
フローリングについては、
(1) 補修を部分的に行ったとしても将来的には全体的に張り替えるのが一般的です。部分補修がなされたといってもフローリング全体としての価値が高まったとは評価出来ません(つぎはぎの状態になる)。部分補修の費用全額を借主が負担しても、貸主が当該時点におけるフローリングの価値(経年変化や通常損耗による減少を考慮した価値)を超える利益を獲得することにはならないので、「経過年数を考慮する必要はない」。
(2) 形式的に経過年数を考慮すると、部分補修の前後でフローリングの価値は同等なのに、貸主が費用の負担を強いられるのは不合理である。こうした部分については「経過年数を考慮せず」部分補修費用は毀損を発生させた借主負担とするのが妥当である。
ただし、フローリング全体に渡っての毀損によりフローリング全体を張り替えた場合は、「経過年数を考慮する」のが妥当である。
② 消耗品としての性格が強いもの
(場所)
・畳
・襖
(理由)
襖紙、障子紙、畳表といったものは、消耗品としての性格が強く、毀損の軽重にかかわらず価値の減少が大きいため減価償却資産の考え方を取り入れることがなじまない。そのため、「経過年数を考慮せず」、張り替え費用を毀損を発生させた借主負担とするのが妥当である。
参考情報
「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」(再改訂版)
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「原状回復費用を賃借人が負担する際、「経過年数を考慮しない」とはどういうことですか?」
原状回復をめぐるトラブルを防止するには
(1) 入居時の物件確認を必ず行う
退去時の原状回復をめぐるトラブルの大きな原因に、損耗・損傷が入居時からあったものなのか否か事実関係が判然としないことが挙げられます。入居期間が長期におよぶ場合、入居時の状況や損耗の程度があいまいになり責任の所在がはっきりしなくなります。入居時に入居者、不動産管理会社双方立ち会いのもと、室内の状況、損耗、汚れ等確認して記録に残し、写真を撮っておくことがトラブル防止に有効です。
(2) 契約内容の確認
契約で定められた借主の原状回復義務の範囲が「原状回復のガイドライン」に沿ったものであるか確認する必要があります。国土交通省の賃貸住宅標準契約書では、「建物の経年劣化や賃借人の通常の使用による損耗」は賃借人の原状回復義務の範囲には入らないことを明らかにしています。標準契約書に則った契約を締結するとトラブル防止に有効です。
(3) 特約の確認
国土交通省の「原状回復に関するガイドライン」や東京都の「賃貸住宅紛争防止条例」では、契約書に特約を設けることまで禁止していません。契約書に原状回復に関する特約がある場合には、借主に不利な内容になっていないか確認し、借主が負担する範囲、おおよその金額などについて説明を求めましょう。
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