原状回復費用の賃借人が負担する範囲と経過年数(居住年数)の考慮はどうするの?
賃借人に原状回復義務がある場合、どの範囲まで負担しなければいけないのでしょうか。また、借りている建物や設備は入居中「経年変化(劣化)」や「通常損耗」により減価しています。これらは退去費用の負担の際、どのように考慮されるのでしょうか。国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」(再改訂版)では次のようになります。
原状回復費用の賃借人が負担する範囲
畳
原則1枚単位。毀損部分が複数枚の場合は枚数分。
カ-ペット・クッションフロア
毀損等が複数箇所の場合は居室全体。
フローリング
原則㎡単位。毀損等が複数箇所の場合は居室全体。
壁(クロス)
㎡単位が望ましいが、賃借人が毀損した場所を含む一面分までは張り替え費用を賃借人負担としてもやむをえないとする。
タバコ等ヤニ、臭い
喫煙等により当該居室全体においてクロス等がヤニで変色したり臭いが付着した場合のみ、居室全体のクリーニング又は張り替え費用を賃借人負担とすることが妥当と考えられる。
襖・柱
1枚単位
設備機器
補修部分、交換相当費用
鍵
補修部分、紛失の場合は、シリンダー交換も含む
ハウスクリーニング
部位ごと、又は住戸全体
原状回復費用について経過年数(居住年数)はどう考慮するのか
賃借人の故意・過失によって建物が毀損して賃借人が修繕費を負担しなければならない場合であっても、建物に発生する経年変化(劣化)・通常損耗分は、既に賃借人は賃料として支払っています。明け渡し時に賃借人がこのような分まで負担しなければならないとすると、賃借人は経年変化(劣化)・通常損耗分を二重に支払うことになってしまいます。そこで賃借人の負担については、建物や設備等の経過年数を考慮し、経過年数が長いほど負担割合を減少させることとするのが適当です。
経過年数による減価割合については、本来は個別に判断すべきですが、ガイドラインは目安として法人税法等による減価償却資産の考え方を採用することとしています。すなわち、減価償却資産ごとに定められた法定耐用年数で残存価値が1円となる直線を描いて、経過年数により賃借人の負担を決定するのがガイドラインの考え方です。実務的には経過年数ではなく、入居年数(居住年数)で代替します。
設備等経過年数(入居年数)と賃借人負担割合表
(1) 経過年数(入居年数)を考慮する場合
入居期間中の損耗分(経年変化、通常損耗)は賃貸人が負担し、未償却分は入居者が負担し以下のように計算します。
賃借人の原状回復費用負担額 計算例
☆入居年数 2年(24ケ月)
☆毀損場所 壁クロス
☆法定耐用年数 6年(72ケ月)
☆賃借人負担割合 (法定耐用年数-入居年数)/法定耐用年数
※ 既存箇所の法定耐用年数以上入居して退去した場合、賃借人負担額は1円になります。
☆賃貸人負担割合 入居年数/法定耐用年数
※ 既存箇所の法定耐用年数以上入居して退去した場合、賃貸人負担額は全額になります。
☆原状回復費用 100,000円
賃借人負担額
= 原状回復費用 × 賃借人負担割合【(法定耐用年数-入居年数)/法定耐用年数】
= 100,000円 × (48ケ月/72ケ月)
= 66,667円
賃貸人負担額
= 100,000円 × (24ケ月/72ケ月)【入居年数/法定耐用年数】
= 33,333円
(2) 毀損場所ごとの経過年数(入居年数)の考慮
このように入居期間中の損耗分(経年変化、通常損耗)は賃貸人が負担します。
ただし、毀損部分により
① 部分補修がされても価値が高まったと評価できないもの
② 消耗品としての性格が強いもの
は「経過年数(入居年数)を考慮せず」= 修繕費を全額賃借人が負担する場所もあります。
毀損場所ごとの「経過年数(入居年数)の考慮」は次のとおりです。
畳
経過年数(入居年数)は考慮しない(修繕費を全額賃借人が負担)。
カ-ペット・クッションフロア
経過年数(入居年数)を考慮し6年で残存価値1円となる負担割合を算定する。
フローリング
「補修」は経過年数(入居年数)を考慮しない(修繕費を全額賃借人が負担)。
フローリング全体にわたる毀損等があり、「張り替える場合」は、経過年数を考慮し、当該建物の法定耐用年数で残存価値1円となる負担割合を算定する。
※ 同じようにフローリングを貼り替えても建物の構造によって、適用される法定耐用年数が変わってきます。
(当該建物の法定耐用年数)
・木造(住宅用) 22年
・軽量鉄骨造(厚さ3mm~4mm) 27年
・鉄骨鉄筋コンクリート、鉄筋コンクリート造(住宅用) 47年
・重量鉄骨造、鉄骨造 34年
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壁(クロス) ・タバコ等ヤニ、臭い
経過年数(入居年数)を考慮し6年で残存価値1円となる負担割合を算定する。
襖・柱
経過年数(入居年数)は考慮しない(修繕費を全額賃借人が負担)。
設備機器
経過年数(入居年数)を考慮し法定耐用年数経過時点で残存価値1円となる負担割合を算定する。
☆法定耐用年数5年のもの
・流し台
☆法定耐用年数6年のもの
・冷房、暖房用機器(エアコン、ストーブ等)
・冷蔵庫、ガス機器(ガスレンジ)
・インターホン
・主として金属製以外の家具(書棚、タンス、戸棚、茶ダンス)
☆法定耐用年数15年のもの
・便器、洗面台等の給排水、衛生設備
・主として金属製の器具、備品
☆当該建物の法定耐用年数が適用されるもの
・ユニットバス、浴槽、下駄箱(建物に固定して一体不可分なもの)
(当該建物の法定耐用年数)
・木造(住宅用) 22年
・軽量鉄骨造(厚さ3mm~4mm) 27年
・鉄骨鉄筋コンクリート、鉄筋コンクリート造(住宅用) 47年
・重量鉄骨造、鉄骨造 34年
鍵
紛失の場合は経過年数(入居年数)を考慮しない。交換費用相当分を借主負担とする。
クリーニング
経過年数(入居年数)は考慮しない。通常の清掃を実施していない場合、部位もしくは住戸全体の清掃費用相当分を借主負担とする。
特約がある場合
「原状回復費用の賃借人が負担する範囲と経過年数(入居年数)の考慮」についてガイドラインの考え方は上記のとおりですが、「契約自由」の原則により、「室内でタバコを吸った場合、借主は退去時に壁、天井、襖を張り替え、その費用を全額負担する。」等「原状回復に関する賃借人に不利な内容の特約」を定めることは可能です。その場合、特約の定めに従います。しかし、ガイドラインではその特約が有効であるためには、次の要件を満たすことを要求しています。
(1) 特約の必要性があり、かつ、暴利的でないなどの客観的、合理的理由が存在すること。
(2) 賃借人が特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うことについて認識していること。
(3) 賃借人が特約による義務負担の意思表示をしていること。
以上3つの要件を満たしている特約であれば有効です。
まとめ
(1) 賃借人に原状回復義務がある場合、賃借人が負担しなければいけない範囲は毀損場所ごとに決まっています。
(2) 毀損場所により経過年数(入居年数)を考慮して賃借人の修繕費の負担割合を計算する場所と、経過年数(入居年数)を考慮せず修繕費を全額賃借人が負担する場所があります。
(3) フローリング全体を貼り替える場合、建物の構造によって、同じようにフローリングを貼り替えても当該建物の法定耐用年数が適用され、適用される法定耐用年数が変わってきます。
(4) 「原状回復に関する賃借人に不利な内容の特約」も要件を満たしていれば、定めることは可能です。
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参考情報
「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」(再改訂版)