原状回復費用の賃借人が負担する範囲と経過年数(居住年数)の考慮はどうするの?


賃借人に原状回復義務がある場合、どの範囲まで負担しなければいけないのでしょうか。また、借りている建物や設備は入居中「経年変化(劣化)」や「通常損耗」により減価しています。これらは退去費用の負担の際、どのように考慮されるのでしょうか。国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」(再改訂版)では次のようになります。
賃貸住宅の原状回復とは
《裁判所の考え方》
「原状回復」とは①建物の通常損耗分をもとの状態に回復するのではなく、②賃借人の故意、過失等による劣化の回復を意味するとの判断を示してきました。賃貸借契約の対象となる建物の価値は、時間の経過とともに減少するものであり、賃借人が物件を定められた使用方法に従って、社会通念上通常に使用していれば、賃貸借契約終了時に当初の状態よりも建物の価値が減少していたとしても、そのまま賃貸人に返還すればよい、という考えかたに基づいています。
建物の通常損耗分は、賃貸人としては建物の減価が進行する過程で減価償却費や修繕費等の必要経費分を賃料に含めて支払いを受けて回収してきているので、原状回復の対象となるのは、「賃借人の故意・過失等による劣化分」ということです。
《ガイドラインの考え方》
ガイドラインでは裁判所の考え方を取り入れ、建物の損耗等、建物価値の減少を
➀-A
建物・設備の自然的な劣化・損耗等(経年変化)
➀-B
賃借人の通常の使用により生ずる損耗等(通常損耗)
②
(1)賃借人の故意・過失、善管注意義務違反
(2)その他通常の使用を超えるような使用による損耗等
に区分しています。
そして原状回復とは
「賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、②の(1)「賃借人の故意・過失、善管注意義務違反」、(2)「その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること」と定義しています。
すなわち
(1) ②の賃借人の故意・過失・善管注意義務違反、その他通常の使用方法を超えるような使用による損耗等については「賃借人が負担すべき費用」。
(2) ①-Aの「建物・設備等の自然的な劣化・損耗等(経年変化)」及び、①-Bの「賃借人の通常の使用により生ずる損耗等(通常損耗)」については、「賃貸人が負担すべき費用」としています。
また、
(3) 次の入居者を募集するために行う設備の交換、化粧直しなどのリファーム(グレードアップ工事)は、➀-Aの(経年変化)及び、➀-B(通常損耗)の修繕であり、「賃貸人が負担すべき費用」であるとしています。
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原状回復費用の賃借人が負担する範囲
賃借人の故意・過失・善管注意義務違反、その他通常の使用方法を超えるような使用による損耗等があった場合、賃借人はその原状回復義務があります。場所ごとの負担しなければいけない範囲は次のとおりです。
畳
原則1枚単位。毀損部分が複数枚の場合は枚数分。
カ-ペット・クッションフロア
毀損等が複数箇所の場合は居室全体。
フローリング
原則㎡単位。毀損等が複数箇所の場合は居室全体。
壁(クロス)
㎡単位が望ましいが、賃借人が毀損した場所を含む一面分までは張り替え費用を賃借人負担としてもやむをえないとする。
タバコ等ヤニ、臭い
喫煙等により当該居室全体においてクロス等がヤニで変色したり臭いが付着した場合のみ、居室全体のクリーニング又は張り替え費用を賃借人負担とすることが妥当と考えられる。
襖・柱
1枚単位
設備機器
補修部分、交換相当費用
鍵
補修部分、紛失の場合は、シリンダー交換も含む
ハウスクリーニング
部位ごと、又は住戸全体
原状回復費用について経過年数(居住年数)はどう考慮するのか
賃借人の故意・過失によって建物が毀損して賃借人が修繕費を負担しなければならない場合であっても、建物に発生する経年変化(劣化)・通常損耗分は、既に賃借人は賃料として支払っています。明け渡し時に賃借人がこのような分まで負担しなければならないとすると、賃借人は経年変化(劣化)・通常損耗分を二重に支払うことになってしまいます。そこで賃借人の負担については、建物や設備等の経過年数を考慮し、経過年数が長いほど負担割合を減少させることとするのが適当です。
経過年数による減価割合については、本来は個別に判断すべきですが、ガイドラインは目安として法人税法等による減価償却資産の考え方を採用することとしています。すなわち、減価償却資産ごとに定められた法定耐用年数で残存価値が1円となる直線を描いて、経過年数により賃借人の負担を決定するのがガイドラインの考え方です。実務的には経過年数ではなく、入居年数(居住年数)で代替します。
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設備等経過年数(入居年数)と賃借人負担割合表
(1) 経過年数(入居年数)を考慮する場合
入居期間中の損耗分(経年変化、通常損耗)は賃貸人が負担し、未償却分は入居者が負担し以下のように計算します。
賃借人の原状回復費用負担額 計算例
☆入居年数 2年(24ケ月)
☆毀損場所 壁クロス
☆法定耐用年数 6年(72ケ月)
☆賃借人負担割合 (法定耐用年数-入居年数)/法定耐用年数
※ 既存箇所の法定耐用年数以上入居して退去した場合、賃借人負担額は1円になります。
☆賃貸人負担割合 入居年数/法定耐用年数
※ 既存箇所の法定耐用年数以上入居して退去した場合、賃貸人負担額は全額になります。
☆原状回復費用 100,000円
賃借人負担額
= 原状回復費用 × 賃借人負担割合【(法定耐用年数-入居年数)/法定耐用年数】
= 100,000円 × (48ケ月/72ケ月)
= 66,667円
賃貸人負担額
= 100,000円 × (24ケ月/72ケ月)【入居年数/法定耐用年数】
= 33,333円
(2) 毀損場所ごとの経過年数(入居年数)の考慮
このように入居期間中の損耗分(経年変化、通常損耗)は賃貸人が負担します。
ただし、毀損部分により
① 部分補修がされても価値が高まったと評価できないもの
② 消耗品としての性格が強いもの
は「経過年数(入居年数)を考慮せず」= 修繕費を全額賃借人が負担する場所もあります。
毀損場所ごとの「経過年数(入居年数)の考慮」は次のとおりです。
畳
経過年数(入居年数)は考慮しない(修繕費を全額賃借人が負担)。
カ-ペット・クッションフロア
経過年数(入居年数)を考慮し6年で残存価値1円となる負担割合を算定する。
フローリング
「補修」は経過年数(入居年数)を考慮しない(修繕費を全額賃借人が負担)。
フローリング全体にわたる毀損等があり、「張り替える場合」は、経過年数を考慮し、当該建物の法定耐用年数で残存価値1円となる負担割合を算定する。
※ 同じようにフローリングを貼り替えても建物の構造によって、適用される法定耐用年数が変わってきます。
(当該建物の法定耐用年数)
・木造(住宅用) 22年
・軽量鉄骨造(厚さ3mm~4mm) 27年
・鉄骨鉄筋コンクリート、鉄筋コンクリート造(住宅用) 47年
・重量鉄骨造、鉄骨造 34年
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壁(クロス) ・タバコ等ヤニ、臭い
経過年数(入居年数)を考慮し6年で残存価値1円となる負担割合を算定する。
襖・柱
経過年数(入居年数)は考慮しない(修繕費を全額賃借人が負担)。
設備機器
経過年数(入居年数)を考慮し法定耐用年数経過時点で残存価値1円となる負担割合を算定する。
☆法定耐用年数5年のもの
・流し台
☆法定耐用年数6年のもの
・冷房、暖房用機器(エアコン、ストーブ等)
・冷蔵庫、ガス機器(ガスレンジ)
・インターホン
・主として金属製以外の家具(書棚、タンス、戸棚、茶ダンス)
☆法定耐用年数15年のもの
・便器、洗面台等の給排水、衛生設備
・主として金属製の器具、備品
☆当該建物の法定耐用年数が適用されるもの
・ユニットバス、浴槽、下駄箱(建物に固定して一体不可分なもの)
(当該建物の法定耐用年数)
・木造(住宅用) 22年
・軽量鉄骨造(厚さ3mm~4mm) 27年
・鉄骨鉄筋コンクリート、鉄筋コンクリート造(住宅用) 47年
・重量鉄骨造、鉄骨造 34年
鍵
紛失の場合は経過年数(入居年数)を考慮しない。交換費用相当分を借主負担とする。
クリーニング
経過年数(入居年数)は考慮しない。通常の清掃を実施していない場合、部位もしくは住戸全体の清掃費用相当分を借主負担とする。
特約がある場合
「原状回復費用の賃借人が負担する範囲と経過年数(入居年数)の考慮」についてガイドラインの考え方は上記のとおりですが、「契約自由」の原則により、「室内でタバコを吸った場合、借主は退去時に壁、天井、襖を張り替え、その費用を全額負担する。」等「原状回復に関する賃借人に不利な内容の特約」を定めることは可能です。その場合、特約の定めに従います。しかし、ガイドラインではその特約が有効であるためには、次の要件を満たすことを要求しています。
(1) 特約の必要性があり、かつ、暴利的でないなどの客観的、合理的理由が存在すること。
特約の中で賃借人が負担するクリーニング費用の金額が明示され、その金額が専門業者の清掃費用として相応である。

(2) 賃借人が特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うことについて認識していること。
特約の中で本来賃借人負担とならない通常損耗分まで負担することが明示されていて、賃借人はそのことを承知している。


(3) 賃借人が特約による義務負担の意思表示をしていること。
上記特約の内容について合意して署名、捺印している。

以上3つの要件を満たしている特約であれば有効です。
原状回復をめぐるトラブルを防止する注意点
(1) 入居時の物件確認を必ず行う
退去時の原状回復をめぐるトラブルの大きな原因に、損耗・損傷が入居時からあったものなのか否か事実関係が判然としないことが挙げられます。入居期間が長期におよぶ場合、入居時の状況や損耗の程度があいまいになり責任の所在がはっきりしなくなります。入居時に入居者、不動産管理会社双方立ち会いのもと、室内の状況、損耗、汚れ等確認して記録に残し、写真を撮っておくことがトラブル防止に有効です。(株)丸井不動産では入居時、下記のチェックリストにもとづき入居者と確認をし記録を残しています。(写真添付)


(2) 契約内容の確認
契約で定められた借主の原状回復義務の範囲が「原状回復のガイドライン」に沿ったものであるか確認する必要があります。国土交通省の賃貸住宅標準契約書では、「建物の経年劣化や賃借人の通常の使用による損耗」は賃借人の原状回復義務の範囲には入らないことを明らかにしています。標準契約書に則った契約を締結するとトラブル防止に有効です。

また、東京都では平成16年10月1日から賃貸住宅紛争防止条例を施行し、契約時に原状回復に関する下記内容について説明を行い、書面を交付することを賃貸借の媒介または代理を行う宅地建物取引業者に義務付けています。
① 原状回復や修繕の基本的な考え方
② 特約の有無や内容
③ 入居中の修繕や維持管理などに関する連絡先
説明すべき内容は国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」に沿った内容ですがガイドラインと違って法的拘束力があります。
「賃貸住宅紛争防止条例&賃貸住宅トラブル防止ガイドライン 概要版」
まとめ
(1) 賃借人に原状回復義務がある場合、賃借人が負担しなければいけない範囲は毀損場所ごとに決まっています。
(2) 毀損場所により経過年数(入居年数)を考慮して賃借人の修繕費の負担割合を計算する場所と、経過年数(入居年数)を考慮せず修繕費を全額賃借人が負担する場所があります。
(3) フローリング全体を貼り替える場合、建物の構造によって、同じようにフローリングを貼り替えても当該建物の法定耐用年数が適用され、適用される法定耐用年数が変わってきます。
(4) 「原状回復に関する賃借人に不利な内容の特約」も要件を満たしていれば、定めることは可能です。
(5) 原状回復をめぐるトラブルを防止するには、①入居時の物件確認、②契約内容の確認が重要です。
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参考情報
「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」(再改訂版)

